最高裁判所第三小法廷 昭和62(オ)1208 判決
主 文
上告人A1の上告を棄却する。
原判決中、上告人A2の敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
上告人A1と被上告人との関係では、上告費用は上告人A1の負担とし、
上告人A2と被上告人との関係では、控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とす
る。
理 由
第一 上告代理人吉田恵二郎の上告理由中、上告人A1の請求に関する部分につ
いて
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認す
るに足り、右事実関係の下において、土地の境界線から民法二三四条一項所定の距
離を置かずに建築された建物を所有する者が、その境界線の隣地所有者に対して同
項所定の距離を置かなければ建築を許容しない旨主張することは、信義則に違反し
て許されず、上告人A1の本訴請求は棄却すべきものであるとした原審の判断は、
正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、採用する
ことができない。
第二 上告代理人吉田恵二郎の上告理由中、上告人A2の請求に関する部分につ
いて
一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人A2は岩手県遠野市a町b番c宅地一〇六・一一平方メートル(以
下「上告人土地」という。)を、被上告人は同町b番d宅地八五・九五平方メート
ル(以下「被上告人土地」という。)を各所有している。
2 被上告人は、昭和五七年五月、被上告人土地に木造・鉄骨造瓦葺三階建居
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宅(以下「本件建物」という。)の建築を行うべく基礎工事の鉄筋組立工事を開始
した。そこで、上告人A2は、被上告人に対し、本件建物を上告人土地と被上告人
土地との境界線(以下「本件境界線」という。)から五〇センチメートル後退して
建築するよう要請した。しかし、被上告人がこれを無視して、同月二八日、本件建
物の基礎コンクリートを流し込んだため、上告人A2は、同年六月五日到達の書面
により工事中止を申し入れた。また、盛岡地方裁判所遠野支部は、同月一四日、被
上告人に対し、「上告人A2側の境界から五〇センチメートル以内の場所に建物の
建築工事を続行してはならない。」旨の工事続行禁止の仮処分決定をした。
しかるに、被上告人は、これをも無視して工事を続行し、本件建物を完成させた。
3 本件境界線と完成した本件建物の外壁との間隔は、原判決添付図面記載の
表側(道路側)で二九センチメートル、裏側で三八センチメートル、本件境界線と
本件建物の支柱基底部との間隔は表側で一八・五センチメートル、裏側で二九セン
チメートルである。
4 本件建物のある地域は、e駅前の商業地域とみられる人家の密集している
地域であって、必ずしも隣地との境界線から五〇センチメートル以上の距離を置い
ていない建築物も建築されている。被上告人は、本件建物を建築する以前被上告人
土地に建てられていた旧建物を解体し、その建っていた位置に本件建物を建てたも
のであるが、旧建物を解体するに先立って上告人A2と境界について協議し、旧建
物の雨落線より少し被上告人側に後退した線を境界線と定めた。上告人A2は上告
人土地を現在駐車場として(以前は製材所として)使用収益している。上告人A2
は、被上告人と反対側の隣地の所有者であるDとは、建物を境界線から三〇センチ
メートル離れた場所に建築することで合意している。
二 原審は、以上の事実関係の下において、上告人A2が被上告人に対し、民法
二三四条二項に基づき、本件建物のうち本件境界線から五〇センチメートル以内に
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存する原判決添付図面記載の青色部分(以下「本件違反建築部分」という。)を収
去するよう求めたのに対し、同条一項の立法趣旨に照らして、本件境界線から五〇
センチメートル以内の部分に本件建物が存しているため上告人A2において害され
ている具体的な生活利益と、被上告人において同項の規定に違反して建築している
部分の大きさに比べてこれを取り壊すために要する費用のほかその手直しに掛けな
ければならない困難さ等とを合わせてみるときは、上告人A2の右収去請求は権利
の濫用であると解される、として右請求を棄却した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。すなわち、民法二
三四条一項の規定に違背して建物を築造しようとする者があるときは、隣地の所有
者は、建築着手の時から一年以内であって建築が竣成しない間は、その廃止又は変
更を請求することができ、右建築をしようとする者は同項所定の距離を保持する義
務があるところ、右建築が同項の規定に違反するため右期間内に隣地所有者から工
事中止の要請を受け、さらに裁判所の建築工事続行禁止の仮処分決定を受けたにも
かかわらず、あえて建築を続行してこれを竣成させた者は後日その廃止又は変更の
請求を受ける危険を負担してこれをしたものにほかならず、隣地所有者のする違反
建築部分の収去請求は、右建築者において高額の収去費用等の負担を強いられるこ
とがあるとしても、権利の濫用にならないと解するのが相当である。�
これを本件についてみるのに、被上告人は、本件建物の建築着手の直後から、
上告人A2に度々本件境界線から五〇センチメートルの距離を保持して建物を建築
するよう要請され、同上告人から昭和五七年六月五日到達の書面により工事中止の
申入れを受けたのにその意向を無視し、しかも裁判所から同月一四日付け前記建築
工事続行禁止の仮処分決定を受けながら、この決定までも無視して建築を続行し、
記録上明らかな同月一七日の本訴提起後これを竣成させたものであるから、自ら民
法二三四条二項に規定する建築廃止の請求を受ける危険を招いたものとして、本件
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違反建築部分の収去をすべき義務を負うものであり、上告人A2の本件収去請求は、
まさに正当な権利の行使であって、何ら権利の濫用に当たるものではないというべ
きである。原判決は、本件建物の存する地域における境界線からの距離保持状況、
上告人土地の現在の利用状況、本件違反建築部分の収去費用の額等を掲げるが、被
上告人が上告人A2の度々の中止の要請、裁判所の仮処分決定、建築廃止を求める
上告人A2の本訴提起等をも無視して前記建築を竣成させた経緯に照らせば、右の
諸事情は、何ら本件収去請求をもって権利の濫用と目すべき特段の事情ということ
はできない。たとい収去費用等が高額になったとしても、それは被上告人が裁判所
の前記仮処分決定等を無視してまで建築を竣成させた結果にほかならず、これをも
って上告人A2の請求に関し不利な事情とすることはできない。
そうすると、上告人A2の本訴請求を棄却すべきものとした原審の判断は、民法
一条三項の規定の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼ
すことが明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決中、上
告人A2の敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上判示したところと結論を同じ
くする第一審判決は正当であるから、右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却
すべきものである。
第三 結語
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九五条、八九条、
九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 佐 藤 庄 市 郎
裁判官 坂 上 壽 夫
裁判官 貞 家 克 己
裁判官 園 部 逸 夫
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裁判官 可 部 恒 雄
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